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嘆きの天使@教授は不幸になったのか? 現状維持バイアスについて考える

2014-08-27 | 22:33

神話的な造型であるファム・ファタール(運命の女)を、ディートリッヒが見事に演じ切り、映画史上でも著名な作品となった1本です。

旧い映画なので、とりあえずストーリーを説明すると、真面目一本で生きてきたギムナジウムの教授が、学生の持ち込んだ絵葉書のいかがわしさに仰天。
街を巡業中のキャバレーに文句を言いに行ったものの、逆に踊り子歌手のディートリッヒの妖艶な魅力に憑りつかれ、教授職を投げ打ち結婚。
落ちぶれて故郷の街で屈辱的な扱いを受け、最後はかつて自分が教えていた学校の教壇で死んでしまうという、人間は真面目に手堅く、道を外れてはならん、という教えに満ちた映画です(笑

でも教授が、あのまま妖艶な踊り子と出会わなかったらどうでしょう?
出会っても心動かされなかったらどうだったか?
穏やかな日々は続いたでしょうが、独身で毎日毎日決まりきった授業をやるだけの味気ない日々。
それなりに敬意は払われ、生活も安定していたでしょうが、それでそのまま年を取ってどうだったのか?
手堅い一生ではあったでしょうが、幸せな人生だったと言えるのか?

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アカシアの通る道@渾身のリアリズムが教える人が必要とするモノとは

2013-06-07 | 22:06

カンヌでカメラドール賞を受賞した作品ですが、内容は極めて地味で、一人のトラックドライバーが、赤子を連れたシングルマザーをパラグアイからブエノスアイレスまで送るだけのストーリーです。

登場人物はほぼその二人と赤ん坊一人だけ。
中年のドライバーと、シングルマザー役の女性は、どっからどう見ても映画スター、という雰囲気ゼロで、乗っているトラックは古臭く、映し出される周囲の道も南米の貧困が滲み出ていて、セリフにも唸るような言葉はなく、事件も何も起こらない。

それでもこの映画は魅せます。
特筆すべきはそのリアリティで、観ていると、やっぱり南米の貧困は酷いな、とか、こういう境遇で鍛えられる忍耐力は筋金入りだろうな、とか、いつの間にか映画だという事を忘れて本気になって観てしまっている。
映画というよりドキュメンタリーを見た気になっている自分に気づきいさめるのですが、また観ているうちに、大変なんだろうな、とか、大丈夫かな、なんて思わされている(笑
この映画も持つ現実感(reality)、半端じゃないです。
カンヌは良い受賞者作品を得ましたね。
こういう作品を取り上げ続ければこそ、カンヌの格も上がろうというモノです。

そしてストーリーが進むにつれしみじみと伝わってくるのは、人が本当に求めているモノとは何か、ということ。

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Theme : WOWOW/スカパーで観た映画の感想
Genre : 映画

アーティスト@84回アカデミー賞作品、監督、主演男優賞だが・・・地味過ぎませんかね?

2012-04-13 | 20:32

第84回アカデミー賞の主要3部門を独占した作品ですが、私には少し物足りない作品でした。
この映画のファンの方にはお詫びします。
私は絵画にしろ小説にしろ音楽にしろスポーツにしろ一点だけの譲れないのは、自分がどう感じたか、ということなんです。
どんなに世評が高くても、権威ある賞を獲っても、人気爆発でも自分がピンとこなかった作品は褒められない。

こういう作品がアカデミー賞を獲るというのは、アメリカという国がいかに映画という表現形式を愛しているか、ということの証左だとは思います。
それはそれで素晴らしいなんだけど、年間で最も優れた作品がこれか、と言われれば、ノスタルジーの魔法にちょっと惑わされすぎているんじゃないかな、と思ってしまうのだ。
本気で昔ながらのサイレント映画を造ろうという意気込み、映画へのひたすらの愛情など志は高く、グラスを置くシーンなど演出は冴えて気が利いていたのは感じましたし、ハリウッドらしくしつけられた犬も素晴らしい演技を見せる。
でも、だ。
しかしだ。
あえて言うならこの程度の映画なら、来年辺り有料の衛星放送でのノーカットバージョンを鑑賞出来れば充分だ。
ヌードやアクションシーンがないことが、物足りないと言っているんじゃない。
この位の映画ならむしろ「ニーチェの馬」みたいに真正面から芸術難解路線です、なんて言ってくる映画の方が、個人的には好みかな、と思ったしだいです。

Theme : 洋画
Genre : 映画

ヒューゴの不思議な発明@必見の3D映像,スコセッシの差し出した未来へのバトン

2012-03-04 | 14:39

3D映像が素晴らしい、という評判を聞いたので、妻と次女とで見てきました。
で、実際どうだったか、というと、

1)確かに素晴らしかった必見の3D映像
完璧と言うにはまだ手前に浮き出た人物像と背景の間が、不自然に空いている感じがありました。飛び出す絵本の書き割りみたいな感じですね。
浮きだした顔自体の丸み、立体感もあとわずか欲しい、ということもあった。
それでも蒸気は、そのままスクリーンの脇から実際に噴き出しているようにしか見えなかったし、画面から雪は降ってくるし、火花に触れたら火傷をしそうな感じがしたし、歯車は本当にそこに存在し、回っているように見えた。
とうとうここまで来たんだな、ということですね。
そしてこの「ここまで来たんだな」ということが、この映画をスコセッシに撮らせたモティーフだったと感じました。

2)メリエスへのオマージュ、スコセッシの差し出したバトン
映画は、映画勃興期の監督、ジョルジュ・メリエスへの濃厚なオマージュがテーマとなっています。
古き良き映画への郷愁と愛が語られる、断じて子供向けの作品ではない。
むしろすべての映画オタクに向けて、暗黒と絶望と暴力の作家として世に出たマーティン・スコセッシが、68歳の

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Theme : 最近見た映画
Genre : 映画

ボーイズ・オン・ザ・ラン@トラビスがもし21世紀の日本にいたら

2011-09-10 | 23:46

顔もサエナければ仕事もダメな男性が、初めて夢中になる恋をした・・・でも、という映画です。
WOWOWで放映されなければ、絶対に観ないだろうという映画でしたが、観終わった後、心に残る1本となりました。
私の大好きな「タクシードライバー」へのオマージュ映画だったのね。

原作の漫画は読んでないんですが、映画では途中、トラビスの写真が出てきました。
あのYou talking to me?のシーンのヤツです。
殴り込みに行く時、モヒカンになるのものオマージュってヤツですね。
若く、絶望していて、残されたものは暴力だけ、というのは、時代を通じて恵まれない(=ほとんどの)若者の心情です。
それで砂場で喧嘩するだけなのは、正々堂々の日本人ならではか(笑
これが本物のトラビスなら会社の部署の入り口にガソリン撒いて終了ですよね。
そうすると別の映画になってしまいますけど・・・

ダメ男の悲惨と再生への入り口を主演の峯田和伸さんが好演していました。
駅のホームでの見送りシーンは、オチが効いてて良かったですね。
痣だらけの顔のサムアップに、走りまくるラストは痛快です。
このシーンを、長々と引っ張らないのもセンスでした。

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Theme : WOWOW/スカパーで観た映画の感想
Genre : 映画

シャネル&ストラビンスキー@これはフィクションなんでゲソ?

2010-10-23 | 20:02

シャネルと題された映画に相応しく、頑ななまでに揺るがぬ欧州の美意識を味わえる映画ですが、主演のアンナ・ムグラリスが長身過ぎ、荘重に過ぎて、とてもココ・シャネルには見えない。
シャネル・ブランドのミューズですが、こういう女性を美神と感じるフランス人には、やっぱりアメリカ人の思う美人女優は田舎者に見えるんだろうな、という気はしました。
そうなるとやっぱり日本代表たる「侵略!イカ娘」はどう思うのだろう?とも思うのだけれども、そうなると話が長くなるので、今回は映画の題材にもなっているストランビンスキーを中心に、簡単な系譜学的備忘録を書いてみましょう。

この映画でも題材になったストラビンスキーの「春の祭典」、論議を読んだ初演は1913年5月29日でした。
場所はシャンゼリゼ劇場
ストラビンスキーは、ディアギレフの依頼で作曲を初め、痙攣しているようにしか見えない振り付けはあのニジンスキー。映画にでも出ていましたね。

ストラビンスキーの原始主義(野獣派)の音楽は、不協和音に満ち、今聴いても前提的という言葉がピッタリ。
でも音楽史を振り返ると「牧神の午後」が1894年の作曲されていて、何より彼自身の火の鳥が1910年、ぺトルーシュカが1911年に作曲。
パリのオペラ座で上演、成功しているんだから、そんなに驚くようなモノだったのかあ、とも感じます。

押さえておかなければならないのは、絵画における、印象派から野獣派(←肉食男子という意味ではありません)の

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Theme : アート
Genre : 学問・文化・芸術

幻影師アイゼンハイム@分離派を思わせる映像と仰天のラスト

2010-06-03 | 23:07

この映画の優れた点は、19世紀末のウィーンを描いた映像が、耽美な金色を基調に、分離派を思わせるような味わいで撮られている点です。

少し大袈裟に言えば、画面全体がクリムト・タッチという感じで、美的な崩壊感覚が、十数年後に迫る帝国終焉の兆しすら滲ませているんですね。

主演のエドワード・ノートンは完璧。
何より才人、スティーブン・ミルハウザーの原作を良く練りこんだ脚本が見事で、すっかり騙されてしまいました。

私は映画を観る時、結局、こうだろう、と話を先読みしながら見る方なんですが、ラスト手前からの騙しと脅し方が見事で・・・うーーん、悔しいけど、疑う暇がなかった。

もう少し話にたるみがあったら、見抜いたと思うんだけど・・・なんて負け惜しみを書きたくなるほどです。

いわゆるマジシャンの恋と復讐のお話なんですが、magic云々というより幻影師として活躍しだしてからのが演出、巧かったなあ。
映画の中のマジックに目を見張っていてどうするんだよ、自分、って感じ。
でもね。
警察署に連行されてからのセリフなんて上手いんだよ。

クリムトやシーレが好きで、ちょっと驚きたい貴方になら文句なくオススメ!
という作品でした。

しかし悔しいな。

Theme : 絵画・美術
Genre : 学問・文化・芸術

砂の上の植物群:映画@交わりの性よりナルシシズムの時代?

2010-04-16 | 21:53

吉行淳之介さんの原作が著名ですが、その小説の題名の由来は、この映画にも使われているパウル・クレーの水彩画です。

成り立ちがちょっと複雑ですね。
監督は鬼才、中平康で、その独自のスピーディな展開は、40年以上前の作品とは思えないほど現代的でもあります。
原作、原画共々読んでおきたい、見ておきたい作品ですが、今回は、この映画に出演している俳優と女優さんたちのエロティシズムについて書いてみます。

主演は仲谷昇さん、女優陣は女子高生役、ホステス役、人妻役と出てきますが、みな生々しいほどに性的です。

男は女を、女は男を性的な対象として、激しく欲している。
画面からそれらが臭いたつのは中平康の演出の力もあるでしょうが、やはり時代を反映しているのではないか、とも思うのです。

今の俳優さんや女優さん、みな美しくカッコイイですよね。
女優、俳優陣、共に、なんでこの人が?という人はいない。
みなさん、スターなんだろうなあ、という魅力に溢れている。
でもこの映画に出てくる仲谷さんや女優さんほど、性的な訴求力は感じないのです。
やはり今は性的な時代ではない、のでしょうか?

最近(と言ってもかなり経ってますが)の邦画で、性への欲望を直裁に描いたのに

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Theme : 映画
Genre : 学問・文化・芸術

プルーフ・オブ・マイ・ライフ@数学オタクは見逃すな

2010-04-01 | 21:19

天才数学者の父親を長い闘病生活の末、看取った女性の再生物語、ということでしたが、後半、リーマン予想の証明に関してスリリングな展開があり、数学オタクの方なら見逃せない作品です。

年老いた天才数学者を演じるのは名優アンソニー・ホプキンス。
狂気と知性に気品を兼ね備えた役どころを完璧に演じきるのはいつもながらの見事なお手並みですが、特筆したいのは、精神の不安定な傷ついた女性を演じたグウィネス・パルドロウ。

化粧気のない顔に浮かぶシャイな気弱そうな微笑と、時に自虐的な眼差しが不思議な魅惑をたたえます。
というか私のツボなんです、このタイプの女性(笑
私はともかく頭の良い(学歴ということではなく)女性が好きです。
時に、女はバカなほど可愛いと、言われますが、分かりません。
私は知的で、感性の豊かな女性でなければ嫌ですね。
特に天才的な理系女性なんて、それだけで萌える(笑
グウィネスは美術史を専攻し、ヨーロピアン・コンプレックスがあるようなので、このインテリジェンスのある役柄は、内心ノリノリだったと思います。

ps
映画の中には、素数についての歴史的な予想、としかありませんでしたが、ディレクレのL-関数、ジーゲルの零点とのセリフがあるので、まず題材はRiemann Hypothesisだと思います。(直接言わない処が上品な演出です)
親子どちらが証明したかということのキーになるのが非可換幾何学で、なるほど納得の説明。

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Theme : 数学
Genre : 学問・文化・芸術

ラースと、その彼女@フィギュアはリアルの代わりとか練習台ではない

2010-03-27 | 00:01

毎朝起きてまず目に入るのは、書棚に置かれた沢山のフィギュア・・・という私なので、この「優しいラースに出来た彼女は等身大のラブドール」、という映画には他人事でない気持ちで望みました。

路傍に雪が残る田舎町でも周囲の人はみんな優しくて、映画は心暖まる話になっているのですが、人形の気持ちを真剣に聞き込むラースには、自分の事を棚に上げて正直ちょっと・・・
私がフィギュアに話し掛けるのって数ヶ月に1度ですから!・・・って話掛けてるのかよ!
怖いわ。

でも最後までこれは違うなという感じを受けるのは、結局、この話、ラブドールが実際の恋愛の前段階になったということですね。
私が綾波レイや日奈森あむを見つめる気持ちって、リアルの女性に対する視線とは違います。
綾波レイには我欲のない、自己犠牲を厭わない、聖性と通じる勇敢さ、ですし、日奈森あむの絵にはひたすらな「線への賛美」があるだけ。
この気持ちにもっとも近いのはフェラーリの写真を見ている時とかラファエロやダ・ヴィンチの絵画を鑑賞する時です。
PEACH-PITの描く線は、なんとまあ美しく快楽に満ちているのだろう、ということですね。
共に恋愛感情というものではないよね。

フィギュアは「人間以前」のモノではなく、人間以後の形而上学的な存在なんです。

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Theme : WOWOW/スカパーで観た映画の感想
Genre : 映画

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