書については良く分かりません。
ただ一目見て惹かれたのは王義之です。
こいつはスゴイ!と思ったのですがそこで止まってしまい、アートのようにデ・キリコのイタリア広場から絵が好きになり、印象派に行き、モダンに行き、ルネサンスに戻り、また現代に帰るなんという広がりはない。
ちなみに王義之とは、307年頃〜365年頃、中国は東晋に活躍した書家で、文字と古代宗教とが結びついた象形文字が政治の道具となり法や政令を伝える言葉だったものを、人の感情を伝えるものとした変革者であり、中国、日本を問わず広く「書聖」として崇められている方です。
書についても多少は広がりを持ちたいと思い、中国に王義之あらば日本には誰がいるか?
と考え、一般には空海なんでしょうが、以前読んだ北大路魯山人の本で絶賛されていた良寛の書を少し良く見てみようと考えこの本を購読しました。
テレビ放映の解説本ですから薄く、画像が豊富で、書いてある文章も分かり易く読みやすいです。
ただ良寛の書は、字体が細く頼りないとすら感じるほどで、この美意識を理解するには、極めて高い
ただ一目見て惹かれたのは王義之です。
こいつはスゴイ!と思ったのですがそこで止まってしまい、アートのようにデ・キリコのイタリア広場から絵が好きになり、印象派に行き、モダンに行き、ルネサンスに戻り、また現代に帰るなんという広がりはない。
ちなみに王義之とは、307年頃〜365年頃、中国は東晋に活躍した書家で、文字と古代宗教とが結びついた象形文字が政治の道具となり法や政令を伝える言葉だったものを、人の感情を伝えるものとした変革者であり、中国、日本を問わず広く「書聖」として崇められている方です。
書についても多少は広がりを持ちたいと思い、中国に王義之あらば日本には誰がいるか?
と考え、一般には空海なんでしょうが、以前読んだ北大路魯山人の本で絶賛されていた良寛の書を少し良く見てみようと考えこの本を購読しました。
テレビ放映の解説本ですから薄く、画像が豊富で、書いてある文章も分かり易く読みやすいです。
ただ良寛の書は、字体が細く頼りないとすら感じるほどで、この美意識を理解するには、極めて高い
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