ココログで同名のブログをやっていました。 ただいま少しづつ記事を移行中です。 素人学問のノート代わり、映画、読んだ本の覚え書きなどを書いていきたいと思います。
雨の日の日曜日は・・・
走ることについて語るときに僕の語ること     村上春樹
2008-06-18-Wed  CATEGORY: エッセイ
一人の真摯なランナーがその内面を掘り下げるとき、どのような言葉が出てくるのか?
優れたアスリートでありながら、作家としてその体験を言葉に還元できる方はそうはいませんし、逆もまた同じなのでしが、この本で村上春樹はその困難を達成したと思います。

この本の魅力として、まずハワイやギリシャ、サロマ湖からボストン、NYでの美しい自然描写があります。それは以下のようにです。
「北東の方角から間断なく吹きわたる貿易風が、ハワイの夏をどれほど涼しくしているか。クールな木陰での安らかな読書や、思いたったときそのまま南太平洋に泳ぎにいける生活が、人をどれほど幸福にしてくれるかを。
たまに来る雲も、細かい雨をひとしきり降らせる、「急ぎの用事があるから」という風情で、あとを振り返りもせず、そのままどこかへ行ってしまう」
「ニューイングランド独特の短く美しい秋が、行きつ戻りつしながらそれにとってかわる。
僕らを取り囲んでいた深い圧倒的な緑が、少しづつ少しづつ、ほのかな黄金色に場所を譲っていく。枯葉が吹きゆく風に舞い、どんぐりがアスファルトを打つと、勤勉なリスたちが、目の色を変えて走り回る。
ハロウィーンが終わると、有能な収税吏のように簡潔に無口に確実に冬がやってくる。
木の上に作ったリスの巣が見える。彼らはたぶんその中で静かな夢を見ているのだろう。
川面を吹き抜ける風は研ぎあげたばかりの鉈のように冷たく、鋭くなってくる。」

ウルトラマラソンを走ったときは、
「そこから未知の外海に乗り出す。この先何が待ち受けているのか、どんな未知の生物が生息しているのか、大昔の水夫が感じたであろう畏怖の念を、及ばずながら身のうちに感じることになる。
走るという行為が形而上的な領域にまで達する。行為があり、それに付随するように僕の存在がある。我走る、故に我あり。
既に夕暮れが始まって空気が独特の澄みわたり方をしていた。夏の初めの、深い草の匂いもした。19世紀のイギリスの風景画に出てくる意味深げな雲が、重厚に空を覆っていた。
声援は透明な風として、僕の身体をただ通り抜けていく。リスキーなものを進んで引き受け、それをなんとか乗り越えていくだけの力がまだ自分の中にもあったのだ」

NYマラソンの前の不安には
「いたるところに暗闇があり、いたるところに死角がある。いたるところに無言の示唆があり、いたるところにニ義性が待ち受けている。僕はもうそれ以上暗闇に目をこらすのをやめる。沈黙の響きに耳を澄ませるのをやめる。」


芸術に関しての印象的な言葉としては、
「正気を失った人間の抱く幻想ほど美しいものは、現実世界のどこにも存在しない。
人間存在の根本にある毒素のようなものが、否応なく抽出されてくる。
作家はその毒素と向き合い、危険を承知の上で処理しなくてはならない。
毒素の介在なしには、真の意味の創造行為をおこなうことはできない。
真に不健康なものを扱うためには、人は健康でなくてはならい。
自分の扱う毒素に打ち勝てないと、その創造行為はできなくなる。」



そして村上春樹は以下のような言葉でこの本を締めくくります。
「小説家(に限らず)にとって何が重要な資質かと問われれば、迷うことなく集中力をあげる。自分の持っている限られた量の才能を、必要な一点に集約して注ぎ込める能力がなければ、大事なことは何も達成できない。その次に必要なものは持続力だ。
この能力はありがたいことにトレーニングによって後天的に獲得し、向上されることが出来る。
苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、自分が生きているというたしかな実感を、その過程に見出すことが出来るのだ。
生きることのクオリティーは、その成績や順位でなく、行為そのものの中に流動的に内包されているのだという認識にたどりつくことができる。少なくとも努力をしたという事実は残る。
そして本当の価値あるものごとは往々にして効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。たとえむなしい行為であったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。

とにかく目の前の課題を手に取り、力を尽くしてひとつひとつこなしていく。個々のタイムも順位も人の評価もすべてはあくまで副次的なことでしかない。
ひとつひとつのゴールを自分の脚で確実に走り抜けていくことだ。尽くすべき力は尽くした。耐えるべきは耐えたと、自分で納得することである。そこにある失敗や喜びから具体的な教訓を学び取り、積み上げ、最終的にどこか得心のいく場所に到達することである。」
以上の文章は、ブログへの転載の為、かなりの省略、若干の修正を含んでいます。

素晴らしい人生への示唆であり、芸術の本質を語る言葉であり、自然への詩情を歌った言葉だと思います。
ページトップへ  トラックバック0 コメント2
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
コメント晴薫 | URL | 2008-06-19-Thu 19:59 [EDIT]
こんにちは。

>村上春樹さんの小説は奥が深いですね・
ともかく比喩の使い方は、今の日本で一番だと思います。

>毒素成るもの見て見たい感じて見たい・・でも、あくまで小説の中で・・
おっしゃる通りですね。
毒のある存在は、あくまでフィクションの中でです。
だから楽しめるんですよね。
コメントakoko | URL | 2008-06-19-Thu 14:28 [EDIT]
こんにちはー村上春樹さんの小説は奥が深いですね・・毒素成るもの見て見たい感じて見たい・・でも、あくまで小説の中で・・・。
トラックバック
TB*URL
<< 2008/08 >>
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -


余白 Copyright © 2005 雨の日の日曜日は・・・. all rights reserved.