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美の歴史:1  ウンベルト・エーコ@かつて「本」とよばれた存在を思わせる1冊

2009-02-06 | 21:12

歴史を遡る時、思うことの一つは本の価値です。
価値と言って伝わり難ければ、「ありよう」、と言っても良い。
今でこそ書店にいけば山積みになっている「本」も近代印刷技術のない時代において、それは宝玉に値するモノであったのではないか、と思いをはせます。

この本は特筆すべきほどの美麗なる図版と、ウンベルト・エーコの格調高い文章で、そんな数百年前の時代にあった宝石を思わせる1冊。

私は本は買って読んで、後はアタマに入れてナンボと思うのでガリガリと線を引きながら読むのですが、そんな習慣すら躊躇させられるものです。

以下、この本から勉強したことの覚書です。
1)この本は「美の歴史」を語ったものだが、西洋美学のみあつかう。
理由はテクストの存在である。

2)「もし雄牛に手足があったら、その神々は雄牛に似るだろう@コロンボーンソクラテス以前の哲学者」
この意味は、美とは絶対的でも普遍的でもなく、時代や国によってことなるという原則を認識させる。
千年の時を経て、通じる概念もあるのだ。だからこそその関連を考えねば。
3)古代ギリシャの理想美
「美しきもののみが愛でられ、美しからなるものは愛でられぬ@ムーサイの合唱/テーバイ」
「美しきものは、剣の動きも鈍らせる@ゴリギアス/ヘレネ礼賛
ただこの美(カロン)の概念は、現代では正確に理解されていない可能性がある。
美とは喜ばしいもの、称賛を掻き立て、眼を引くも物、すべてである。

美には3つのモノがある。
①理想美(自然の美)、②精神美(魂の美しさ)③機能美@「ソクラテスの思い出」から
ここから導き出されるのが「輝きとしての美」であり、ネオ・プラトン主義になる。
それは我々の見るものと一致しない。(ソクラテスの醜さは有名だった)
それを把握するには弁証法の技術。知的判断が必要である

4)アポロの美とディオニソスの美
デルフォイの神殿には4つのモットーがある
①最も美しいものは最も正しいものである②限界を知れ③傲慢を避けよ④何事も行きすぎるな「大きく口を開いたカオス」から生まれた世界に抑制を与える、アポロの保護下かにおける思想である。
同じ神殿の反対側には、あらゆる掟を抑制なく破る神カオスの神、ディオニソスの像がある。
この対照的なる共存は、調和の中に混沌が存在したり、侵入する可能性を示す。

美は確かに知覚可能だが、すべての美が知覚可能であるわけではない。
外観と美には危険な裂け目がある。

西洋の美は作品から距離をおくことの二元論の上に成りたつ。
対照的に日本の彫刻は触れるために、直接的接触の為に作られる。

ディオニソスの美、不安を掻き立てる夜の美は近代まで隠されていた。
憑依と狂気の、エレウシスの秘儀やディオニソスの祭儀のような隠された生贄の世界。
それは古典世界の美しい調和に復讐する

Ⅱ章までです。

ps
こうして考えると、自己犠牲的で禁欲的という高貴な精神性を持ち、かつアポロ的な完璧な美貌を備え、憑依と秘儀の神秘に満ちた綾波レイはやっぱり世紀末日本の生んだ紛れもないヴィーナスですね。
もうエーコの保証付!
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Theme : 絵画・美術
Genre : 学問・文化・芸術

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