スポンサーサイト

-------- | --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

壺坂幻想  水上勉   @美しさと貧しさのレベル

2009-03-18 | 11:52

今どき水上勉の短編集を読む方がどの位いるのか分りませんが、読めば稀有な読書体験が出来ると思うので記事にします。

この短編集は作家、水上勉の私小説なので、生まれ故郷の若狭の農村部が舞台となる作品が多いです。
怜悧な美しさを称えた風景描写は文豪ならではの力であり、黒白単色の味わいは、水墨名画の趣き。
読めば一瞬にして時代を超え、場所を超え、読者はひなびた、小雨のそぼ降る石山寺の山門へと旅立てます。
その寒さ、冷たく濡れそぼる寂寞たる風景は、暗い孤独の暗喩として長く心に残ります。


もう一つ特筆したいのが昭和初期の日本の貧しさです。
「父が旅先から送ってくる給金は知れたものだった。母は小作に出、他人の田から駄賃米をもらい、山から駄賃の薪をもらい、囲炉裏で生木をくべてくらす日常の思い出には、十歳までの記憶の中でさえ、根雪のように解けずにある貧の、凍て雪のような苦しみがある」
・・・快適に室温を保つエアコン、放り込むだけで済ませられる洗濯機もない。
今ならスイッチ一つで済ませられる風呂は、延々と水を汲み、貯めて、それから薪で暖めて初めて入れる生活です・・・ただ暮すというだけで、これほどの苦しみがあった世界を思うとただ呆然とするのみ。
みかん水を売り歩き、自転車店の開業だけを夢見て刻苦の日々を送りながら、病に倒れて若死にする叔父。
中気となった義父の世話をする。
終わった頃には自分の身体が不自由になって、家というより小屋の中で動けなくなる母親。
鬼灯だけが慰めの一生。

もう、自分探し、とか自分らしさ、とか、本当の自分、とかって次元じゃない。
ただ生きる。
今日を生活して明日に繋ぐことが、壮烈な消耗戦になる。
それだけがシジフォスの神話のように繰り返されて終わりのくる人の一生。
クルマも旅行もテレビすらない、ただひたすらに次ぎから次へと追い被さってくる面倒事と鼻付を合せるだけの人生。
これがほんの数十年前の人の生活でした。

陰影に煌めく水上文学の、読むことの快楽と、人の一生に対して少しだけ広がる視野が、この小説の値打ちです。
スポンサーサイト

Theme : 文学・小説
Genre : 小説・文学

Comment

Post a comment

Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。