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百年の孤独 ガルシア=マルケス@本当の楽しみは簡単ではないのかも

2009-08-23 | 15:04

G・マルケス「百年の孤独」、読了しました。
実はこの本、一度挫折していたので、今はちょっとした山を登りきった気分です。
以下、感じたことを書いていきます。

1)南米文学のマジック・リアリズムを堪能できます
草原に突如出現する帆船、海竜の腹中から出る十字軍戦士の甲冑。罠に掛かる正体不明の怪物、巨大な屋敷を放浪する死者の群れ、三千人を超える死者を乗せた200両を超える貨車、幾度も復活する賢人の霊・・・南米の激しい風土が生み出す幻覚と覚醒が交じり合うエピソードは絢爛たるシーン生み続け読みどころ満載です。


2)性と生は不可分なんだな
巨大な男性器が旺盛な性欲の暗喩となっています。
巨根の男性は常に女性の憧れとなり幾多の交わりを持ちます。
処女はその上で小鳥のように八つ裂きにされ、息耐えそうになることを堪えますが、この世に生を受けたことを神に謝し耐え難い苦痛の中で想像を絶する愉悦に朦朧となりながら破瓜されます。
性は生と不可分であるが明らかにされ、性の味をしめた女性の貪婪な下半身は飽くとのない野心の塊りとなります。
これが導く結論は・・・

3)生の本質は狂気と混沌だ
日本のように理性を基盤とした整然たる秩序の社会に暮らしていると忘れられがちですが、この本を読むと生命の本質はカオスと狂気なのではないか、と思い知らされるます。
それじゃ社会が維持できないので、理性で無理やり押さえつける。
でも社会を成り立たされる理性は氷山の一角、割合から言えば1割位なのかもしれない・・・生命の本質はもっと危険で暗黒を孕んだ恐ろしいもの・・・退治しても退治しても沸いてでは食い荒らす蟻のようなモノ・・・

4)日本文化は自然と共生し、欧州は自然を支配するが、南米は
凶悪といえるほど強い生命力をもつ南米では自然を支配することは勿論、共生すら不可能です。その勢いに人はただ圧倒され確固たる意志も最後は挫かれる運命にある。自然観の違いは興味深いですね。


6)本当の楽しみを味合うのは簡単ではない、それは小説も同じかも
高校時代の友人が大学で山岳部に入ったのですが、冬山の楽しみというのは格別だそうです。夏山に比べると遥かに大変なのは確かなようですが、征服した時の満足感や途中の景色の美しさは夏山にはないもののようです。

小説も同じかもしれません。
確かに今回のマルケスの小説には一般の娯楽小説にはない深い味わいがありました。
冬山(純文学)ばかりでは身体が持たないでしょうから普段は気軽な夏山(娯楽小説)に親しみ、折を見て冬山に登る。
今後はこんなスタンスで読み続けたいと思っています。


今回の結論、らしきもの
読み進むにつれ、灼熱の大地と繁茂する多様な生命が醸し出す毒と狂気と幻想が混在しあい読者は幻惑されて深い夢に絡め撮られるような感覚を味わいます。
そして驚かされたのは何気ないと思われていた言葉が予言であり、蜃気楼のように消え去った村と館に一種の円環構造を見出せることです。
そしてあきらかにされる「百年の孤独」という意味と羊皮紙に綴られていた黙示録の存在
たしかにとっつき難い小説でしたが、内容はノーベル文学賞に相応しい素晴らしいモノでした。

贅沢というとグルメにファッション、高級な酒場巡りやゴルフや海外旅行、時計にクルマやクルーザーetc
色々な種類のモノがあると思いますが、文学を楽しむ、というのは安価であるが故に万人に開かれた贅沢だと思います。

日本は今経済的にも苦しい時代ですが、こういう時だからこそ、文学を楽しむ精神的な贅沢というは見直されてもイイんじゃないかな、と思うのですが、どうでしょう。
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Theme : 読書ノウト
Genre : 本・雑誌

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