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表徴の帝国 ロラン・バルト@天才思想家だけが語れた驚異の日本論

2010-05-08 | 23:35

零度のエクリチュール、神話作用などを語り、20世紀の思想界に大きな足跡を残したロラン・バルトの日本論、本人に言わせればストーリーのない小説です。

読み始めて何より驚くのはそのモティーフの取り方で、箸とか、天ぷらとか、おじぎとか、「オマエは何を言っているのだ」というような題材から、哲学的、文明論的な深遠を描きだします。

バルトは数ヶ月の日本滞在から、この本を書いたわけですから、その知性、やはり並外れているな、と思わないわけには行きません。

以下この本からの覚え書き(若干改変してあります)と思ったこと
1)フランス人は日本文化の最も良き理解者であり、堪能者だ。
互いに他民族にはない繊細なる部分での共感領域があるのだろう。
2)フランス語に訳された日本の俳句を、日本語に訳し戻すとマラルメの詩のようになってなんとなくカッコイイ(笑
コッチの方が好きかも(←フランスかぶれの売国奴め)でもカッコイイよ!

3)《意味の喪失》こそが、禅の《悟り》であり、《悟り》とは、認識と主体を激動させる地震である。《悟り》は《言葉の無化》作用を行う。
(日本語のように)主語を希釈された言語だけが、《瞑想》の意味を理解する。
主体と神を追い払うが良い。またぞろそれらは舞い戻ってくる。西洋言語の上に打ちまたがって。

4)(日本)にあっては、表徴作用をおこなうものの帝国がたいへん広大で、言語の領域をひどく超えているため、表徴の交換は、言語が不透明であるにもかかわらず、時としてその不透明そのもののおかげで、人を魅惑する豊穣さと活発さと精妙さを失わないでいる。

5)人形における魂の存在についてフランスの操り人形は、人形の劣等性、無自動の無価値ぶりを示し、限界を示すが、文楽においては、生命ある(魂のある)肉体より無限に多くの厳粛と戦慄を表現し、魂の有無の背反性を消滅させる。

ま、全部書いていると切りがないのでこの辺で。
天才の書く文章は、その民族として生まれながらも気づいていなかった多くの事柄を気づかせてくれました。


ps日本食についての感想
《すき焼き》は、女オデッセウスの行う《なまの食物なる神々の黄昏》であり、《なまの食物》こそが日本料理の守護神なのである、

《天ぷら》において小麦粉は散って軽やかに水にとけ、捏粉でなく、乳化した花のような、その本質を発揮している。
一瞬にして生まれたもの、脆弱なもの、透明なもの、新鮮なもの、無なるものの側にあると決めていたなにものか、これをめぐっての食べ物、というより演劇の一種となっている
すき焼きと天ぷらについて、良くまあこれだけ語れるよな。
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Theme : 文明・文化&思想
Genre : 学問・文化・芸術

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