スポンサーサイト

-------- | --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

シャネル&ストラビンスキー@これはフィクションなんでゲソ?

2010-10-23 | 20:02

シャネルと題された映画に相応しく、頑ななまでに揺るがぬ欧州の美意識を味わえる映画ですが、主演のアンナ・ムグラリスが長身過ぎ、荘重に過ぎて、とてもココ・シャネルには見えない。
シャネル・ブランドのミューズですが、こういう女性を美神と感じるフランス人には、やっぱりアメリカ人の思う美人女優は田舎者に見えるんだろうな、という気はしました。
そうなるとやっぱり日本代表たる「侵略!イカ娘」はどう思うのだろう?とも思うのだけれども、そうなると話が長くなるので、今回は映画の題材にもなっているストランビンスキーを中心に、簡単な系譜学的備忘録を書いてみましょう。

この映画でも題材になったストラビンスキーの「春の祭典」、論議を読んだ初演は1913年5月29日でした。
場所はシャンゼリゼ劇場
ストラビンスキーは、ディアギレフの依頼で作曲を初め、痙攣しているようにしか見えない振り付けはあのニジンスキー。映画にでも出ていましたね。

ストラビンスキーの原始主義(野獣派)の音楽は、不協和音に満ち、今聴いても前提的という言葉がピッタリ。
でも音楽史を振り返ると「牧神の午後」が1894年の作曲されていて、何より彼自身の火の鳥が1910年、ぺトルーシュカが1911年に作曲。
パリのオペラ座で上演、成功しているんだから、そんなに驚くようなモノだったのかあ、とも感じます。

押さえておかなければならないのは、絵画における、印象派から野獣派(←肉食男子という意味ではありません)の
流れが音楽のそれとどう同調するかで、第一回印象派展が1874年、フォービズムという言葉が出たのが、1905年、サロン・ドートンヌ展です。
音楽における印象主義は、各論あるでしょうが、やはり「牧神」からだとすると1894年だから20年遅れ。
野獣派なら「火の鳥」だとすると5年遅れ。
印象派を音楽化するには20年掛かり、フォービスムは5年で追いついたってとこでしょうか?

パリに視点を合わせると、芸術の都として本格的に売り出すエコールド・パリ展が1928年です。
エコールド・パリは、この映画でストラビンスキーの事情として語られているような「居場所を奪われた芸術家」多数が作り出した潮流です。

さて一方のシャネル・ブランドは、1913年にはそれほど大きな存在ではありません。
1910年に帽子店として開業した後は、1913年にやっとドーヴィルにモードブティック店を開業。1915年にクチュール・メゾンに進出。1916年にコレクション成功、となります。

こうして俯瞰すると、この映画、巧みに時代背景を前後させて物語っているという印象がありますね。

ラストはなんとなくキューブリックの「2001年、宇宙の旅」を思わせる映像・・・不思議な映画でした。
スポンサーサイト

Theme : アート
Genre : 学問・文化・芸術

Comment

Post a comment

Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。