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押井先生の発言はあまり真に受けることはない&萌えこそ新たなる大陸だ

2011-11-24 | 21:53

押井先生が、今のアニメはコピー云々と発言しましたが、あまり真剣に受け取る必要はないでしょう。
まずはっきりさせて置きたいことは、押井守は、日本アニメ界に現れた最高の表現者の一人である、ということ。
いちいち書かなくても、その偉大な業績を見れば誰でも納得する。
素晴らしい傑作群を生み出した大作家だ。

でも最近のアニメ作品がツマラナイとは感じません。
表現作品というのは、理屈より先にエモーショナルな感性を刺激されるかどうかなんで、このことは(少なくても個人的には)否定し難い。
それどころか、最近のアニメ作品には、非常にスリリングな感触すら感じている。
表現作品においてスリリングである、ということは、単に商業的に拡大再生産された作品、ということを超えて、人がまだ見てなかった新たなフロンティアを見つけつつある、その歴史に立ち会っている、ということを感じることです。

「けいおん」は虚構の中で、男の子を徹底的に排除した仮想恋人モノとして完成度、極めて高いと思うし、ミルキーホームズは、クラシックなミステリー衒学モノとして新鮮なアプローチであると思う。
アイドルマスター@20話などは、ゲームが元ネタでも、設定自体がパロディであっても、これほど古典的な感動を、しかも歌まで込みで表しえると驚かされた作品です。

そりゃ、あまりオモシロくない作品、創造的とは思えない作品も多数ある、というのは分かる。
でもそれほど良くない作品がたくさんある、というのは、何時の時代の、どんな表現分野であっても、そうでしょう。

新たなる表現に驚かされる、ということをリアルタイムで実感したのは、個人的には、ブリティッシュ・ロック
がありました。
ハードロックとかプログレッシブ・ロックの頃ですね。
でもあの時代、ビートルズやストーンズに続いて英国から出たバンド、ピンク・フロイドやレッド・ツェッペリンだけではなかったはずだ。
退屈なバンドもイッパイあったはずだけど、それらは消え去り、今まで知らなかったハードなロック、文学的素養やらクラシックの技法も取り入れた新たなる表現が残った。
ベートーヴェンが作曲した時代にも、パリで印象派の芸術が起こった時代でも、新規な表現の可能性が残さると同時に、多くの消え去った芸術家がいたはずだ。けど、振り返られて不毛の時代だった、とは言われない。
いつの時代でもそういうモノなのです。

批判されているのは「萌え」のようです。
いずれ書きますが、萌えの追及は、人の表現の新しい可能性を切り開くモノなんです。
アニメ制作者は、萌えの追及に邁進すること、ためらうべきではないのです。
未だ発見されてない「萌え」の新たなる公理を見つけることこそ、現代のコロンブスやレオナルド・ダ・ヴィンチになることなんです。

男は観念的な動物であるが故に、哲学を生み、数学を発展させました。
ユークリッドの第五公理を外した幾何学なんて、最初は誰も現実に適用出来るとは思わなかったけど、今ではなければ大変なことになる学問分野だ。
男がバカみたいに観念的だったから、今の科学があるんです。
そんな観念の動物たる男の新たなる見果てぬ夢、それが二次元の、電子の画面に咲き誇る「萌え」なんですね。


宮崎駿さんも、日本アニメはどん底、とか言っています。
宮崎駿こそ日本の生んだ最高の作家であり、最大の巨匠であることは間違いない。
でも大きな芸術の流れの中では、ひとりの表現者に過ぎないのです。
ピカソがどんなに偉大であっても、ひとりの画家にすぎないのと同じです。

私は凡庸な鑑賞者ですが、新しい作品に接したときどう感じるかは、自分にのみ誠実であるべきだ、と心に留めています。
判断を権威にゆだねることがあってはならない。
自分が何を感じているか、ということは、他人に教わることではないでしょう。
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Theme : アニメ
Genre : アニメ・コミック

Comment

Re: 同感です

> コピーであろうが消費財であろうが良い作品は良い作品だとおもいます。
おっしゃる通りですね。

>なぜ今萌え、日常系なのか掘り下げて発言してから批判してもらいたいです。
なるほど。

>巨匠の発言に乗っかる形で萌え文化を批判する人々は、虎の威を借りる狐みたいで好きになれません。
一番みっともないのが、虎の威を借りている人たちですね。

>自分の言葉と理論、感性で語って欲しいものです。
これが一番大切ですね。
つたなくても、あまり巧く語れなくても、まずは自分の言葉で語る。
基本だと思います。

> ちなみに私は萌え文化は革新的な発見だとおもいます。萌えキャラがいるだけでアニメとして表現の場を確保でき、かつ表現の自由が確保されるという利点があります。これを発見と言わず何を発見と言うのでしょうか。
私も萌えは、サイバー時代の恋のカタチだと思っていますよ(笑

> 長文失礼しました。
どういたしまして。
丁寧なコメント、ありがとうございました。

  • 2011-11-29 | 21:10 |
  • 晴薫(はるく) URL :
  • edit
同感です

最近の萌えアニメを押井氏がコピーだと批判していましたが、コピーであろうが消費財であろうが良い作品は良い作品だとおもいます。さらに、なぜ今萌え、日常系なのか掘り下げて発言してから批判してもらいたいです。あと宮崎氏、押井氏、富野氏など巨匠の発言に乗っかる形で萌え文化を批判する人々は、虎の威を借りる狐みたいで好きになれません。自分の言葉と理論、感性で語って欲しいものです。
ちなみに私は萌え文化は革新的な発見だとおもいます。けいおん、みなみけなどの日常系のゆるい表現。マドカまきが、ひぐらしなどのえぐい表現、電脳コイル、コードギアスなどのSFなども萌えキャラがいるだけでアニメとして表現の場を確保でき、かつ表現の自由が確保されるという利点があります。これを発見と言わず何を発見と言うのでしょうか。
長文失礼しました。

  • 2011-11-29 | 01:17 |
  • 猫 URL :
  • edit

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