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「日本史」の終わり 池田信夫、與那覇潤@題名と形式にめげずに一読推奨

2012-11-06 | 22:43

ネット上では色々言われる池田信夫ですが、著作を読むたび、非常に勉強になる@私にはね。
よって新刊が出ると分かった時点で、見ずてんの買い注文出すんですが、今回は届いてびっくり対談形式本でした。
與那覇さんとの共著なのは承知していたんですが、対談本というのはガッカリで、なんとなれば、過去において対談本。
あまり内容充実という感じの本、なかったんでね。

ところが読んでみると非常に良くまとまっている。
かなり編集に力が入っている印象で、対談本にありがちな内容スカスカという感じはまったくありません。

この本で主張されていることは、日本社会はその本質において江戸時代のメンタリティのまま現代まで来てしまっている、ということです。
は?何言ってんの、と、私のこの文章読んだだけだと良くわからないと思うのですが、要するに日本は真の法治国家(西洋近代国家)にはなりきれなかった。
法はあくまで、我が国は近代化しましたようという建前、お飾りであり、行政が動くその本質は、江戸時代風の庶民感情と、各々がタコツボ化した中間集団の力学である、ということですね・・・
良く分からないですか(笑
でも実際に長らくお仕事している方なら、
1)職域集団内で採決は全員一致。
2)対外的には暖かく保護してくれる安心感。
3)行政との関係は、法より担当役所の担当官の胸先三寸で決まる現実、なんてことは、思いあたると思うのですが、でしょう。
これは江戸時代からある村内一致、農業作業から受けつがれた精神的集団遺伝子なんだそうです。

で、比較として出て来るのは、西洋型の法治国家はどういう歴史的過程で成立したか、ということと、中国での国家のありようですね。
「法の支配」のない皇帝と官僚機構の中国型国家は、むしろ西洋型国家を中にはさんで日本型(江戸型国家)とは真反対の対極にある、と言う認識は非常に納得できました。

そして日本を本当に変えるには、霞が関をぶっ壊すという程度の認識では全然ダメで、さらに深い、我々日本人が、当たり前の当たり前、と思っているこの本では「古層」と呼ばれる価値判断から疑うことである、ということです・・・
ますます何言っているのか分からないですね(笑
・・・この本の紹介は難しいな・・・
1冊分、まるまる読めば簡単なんですが、本当に、日本人だと当たり前の感覚を、いちいち切り分けて説明してくるので、短く書こうとすると分かり難いんですよね。


ひとつだけ最後に参考事項として挙げたいのは、日本という国は、その歴史を調べると、他国に比べて圧倒的に平和だった期間がながく、日本人の平和ボケは今に始まったことでなく、古代から続く筋金入り。
それから生じたのがおよそ世界でも日本にだけしか生存していないであろう他国中心主義的夢想的理想主義的建前論者の「日本型左翼」の存在ですね。
このあたりの考察なんて、ぜひぜひ読んで欲しいんですけどねえ・・・

「日本史」の終わり、というちょっととっつき難いタイトルは、お察しの通り、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」から取られているんですが、どうなんだろう・・・?
この程度の推察が出来ないヤツは最初から読むなということなのか、考え過ぎてつけてしまったのか・・・
内容が良いからこそ、たくさんの人に読んでもらいたいと読後思ったんですが、そうなると、ちょっと惜しいタイトルだったかな、とも感じてます・・・

とりあえず一目、訴求力の乏しい題名と、本を開いてガッカリという対談形式にめげずに是非、御一読、とおススメするしかないですね。

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Theme : 文明・文化&思想
Genre : 学問・文化・芸術

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