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フランシス・ベーコン展に行って来ました@剥きだされた歯の語るもの

2013-03-27 | 16:54

20世紀中盤以降に活躍した画家で今後最も評価の進む二人上げろと言われたら、私はマーク・ロスコとフランシス・ベーコンの名前を挙げます。
その動きはすでに絵画マーケットにおいて顕著ですが、今回の副題、「ピカソと並ぶ美の巨匠」というのには違和感を感じます。

フランシス・ベーコンの名前は、未だモダン・アートのマニア以外に一般的でないが故に、集客効果を狙ったものなのでしょうが、二人の画家は、その画業に置いてまるで質が違っている。
次々にスタイルを変え、傑作の山脈を造り続けたピカソと、ほぼ一貫したスタイルで一生を通したベーコン。
女性好きのピカソとホモセクシャルだったベーコン(笑
楽天的であけっぴろげ、強気のピカソと陰気で謎めいていて引きこもりがちだったベーコン。
方や20世紀美術のメインストリームをリードしたみんなのアイドル、ピカソと一人、孤高の高みに到達したベーコン・・・まあこの辺にしときましょう。
ただあまりに陳腐な副題を付けるとベーコン展を待っていたようなモダンアートオタクはシニカルなので注意が必要です。
それから熊川哲也の音声ガイドが酷い。
ほとんど自分のイギリス時代のバレエのお話で、ベーコンとまったく関係がない。
ただこれは熊川さんの責任というより、時代が一致したいたというだけで頼んだ方が悪いよね。
バレリーナはその本質において反ベーコン的であることが必須です。
私はいつも企画展。
キュレーターの方々のご苦労を褒めるのですが、今回の企画展はベーコン流のハード&エッジイをまったく理解していない、あまりセンスがあるとは思えないものであったというしかありません。

でも展覧会に来ている絵画は素晴らしい。
「ペインティング」「ベラスケスの<教皇イノケンティウス10世>の習作」「磔刑のキリストの足元の人物の三つの習作」という三大傑作はありませんでしたが、いきなり現れる「人物習作Ⅱ」「肖像のための習作」の二作品などはいざ目の前にすると圧倒的な迫力で、20世紀美術の到達した深さ、その力の大きさには感銘を受けづにはいられません。
アートはついにここまで来た。
ということですね。
これだけの作品を造りだせれば「抽象は僕には安易な解決に思えるんだ」という彼の言葉も納得出来る。
言うだけのことはやっているわけです。

さて普段アートを見慣れない人が彼の作品を見てショックを受けるのは、その剝き出しにされた歯ですよね。
目もなく、耳もなく、鼻もないのに歯だけはズラリと揃って咬みかからんばかりに描かれている。
何故に彼は歯を繰り返し描いたのか?
一つの強迫観念のように描き続けたのか?
それは「生とは恐ろしいものだ」という一種の原罪に気付いたからでしょう。
ありとあらゆる生き物は、他を貪って生きていく。
動物は進化の過程で肉食という最も効率の良い栄養補給を生みだした。
他を殺す。
貪り食う。
これが生の本質です。
生とは暴力そのものです。
水分と日光だけで生きている植物ですら、その縄張り争いにおいて他種を容赦なく攻撃する。
己を守る為ならなんでもするが生物なんです。
その事実。
あらゆる生き物は、やはりベーコンが何度も何度も繰り返し描いた檻の中にいあるように、その宿命からは生きている限り逃れられない
歯を檻。
この二つのモティーフの解答は以上のことだと思います。

ミュージアムショップでは図録、Tシャツにデイヴィッド・シルベスターの「肉への慈悲@アルシャンボーとの対談集が素晴らしかったので、ベーコンが著作を残してない以上、この本も一種の原典として読まないわけにはいかない」を購入。
雨の中、重くて重くてしょうがないので「半透明の美学」はアマゾン回しにしました。

ps
すぐにでも行きたかったのですが、花粉が吹き荒れのびのびとなっていました。
本日、やっと休日と雨が重なる僥倖にめぐり合い行ってまいりました。
日本政府は花粉対策に本腰を入れた方が良いよ。
内需拡大への乗数効果。これほど高いものは他にないって。
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Theme : art・芸術・美術
Genre : 学問・文化・芸術

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