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劇場版魔法少女まどか★マギカ前編始まりの物語@仁美ちゃんにまたラブレターが届いたよ、というセリフの凄さ

2013-07-26 | 22:11

劇場版まどかマギカのBDセット。
テレビ版の総集編だからいらないというのは、極めて浅はかな考えです。

人類は、その文明の誕生と同じくして、神話という形態を通して物語を語り始めるのですが、このアニメはその数千年に及ぶ「語られる話」の究極形です。
ドストエフスキーがカラマーゾフの兄弟のリライト版を書いていたとなったら、ストーリーは同じでも読まないわけにはいかないでしょうし、マクベスの総集編が見つかったら大変な騒ぎになり、シェイクスピアの研究者は、先を争って読むと思います。
このアニメはそのレベルで語られる作品で、100年後は偉大な古典としてまどかマギカだけを研究する学者が多数存在するようになると思いますね。

実際、この劇場版BD、映像は遥に美しく鮮やかであり、キャラクターの描かれ方も変わっています。
どこがどう、と細かく描いていきたいのもやまやまなんですが、今日は脚本の凄さの例として、エントリーのセリフを取り上げたいと思います。

まずはご覧になった通り、劇場版ではまどかがママを起こす処から始まるのですが、登場人物同士のセリフとして最初に意味のある情報が交換がされるのは
「仁美ちゃんにまたラブレターが届いたよ。今月に入ってもう二通目」
という言葉です。
観ているほうは、ふんふん、仁美ちゃんという友達がいるのね。
それでモテるんだ、と了解する。
で、まどか朝食、登校で、OP音楽スタート、お友達登場、仁美ちゃんも登場となるんですが、すぐに仁美ちゃんの重要性は落ちていく。
進行上、重要な友達はさやかちゃんの方らしいし、謎めいた女の子や変な生物も出て来るし、綺麗な先輩は魔法少女だし、怖い魔女も出て来る。
そして大きな苦しみも語られる。
仁美ちゃんはそんな物語の上では、ストーリー進行上の味付けでしかなく、どうでも良い友達、というポジションにどんどん落ちていく。

で、すっかり仁美ちゃんというキャラクターが視界から消え去った時、あの衝撃が来る訳です。
仁美ちゃんの決然とした言葉を聞かされる時、観客はまさに言葉を失うよね。
そう、すでにさやかの決意には昏い影が宿っていて、それは恭介が夜の闇の中で動く手を見ている瞬間に予感を孕んでいるわけだけど、それが闇からの大きな腕として、これ以上ない悪い予感として伸びてくる。

あの冒頭の、おだやかな朝の光の中の、洗面しながらという何気ないことこれ以上ない中で交わされた言葉の破壊力。
「仁美ちゃんはモテる」
一人の女の子がモテるということを、これほど残酷な運命とセットで語れるフィクションを、他に私は知らない。

さらに凄いのは、仁美ちゃんはまったく事情を知らないので悪気もないのだ。
悪気はないどころか、自分も一人の女の子として、「自分の気持ちと向き合えますか」とばかりに成長しようと決心した挙句の行為なのだ。

ただ現実でも悪気がなくても、残酷なことって起こるでしょう。
むしろ正しいことをしようとすればするほど、悲劇が起こることがある。
これこそが人間の最も大きな苦しみの元なのだ。
「神の息子を殺さなければ救済されなかった我々とは何者なのだろう@F・ベーコン」なんてことにすら考えが及ぶアニメなんですね。
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Theme : 魔法少女まどか☆マギカ
Genre : アニメ・コミック

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