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魔法少女まどかマギカはここが凄い@あの死が衝撃的だったのは、死に方の問題ではない

2013-07-28 | 20:34

劇場版まどか★マギカBD発売記念で、まどかマギカのどこが凄いのか、ということを書く記事の第二弾です。

今日話題にするのは、第三話でいきなり訪れたあの人の死についてです。
殺され方が衝撃的だったという話題が多いのですが、みなさんが受けたショックの本質、実はそんな処にはない。
では何があれほど観客を驚かせたのか、というと、神話的原型(物語の基本定理)を逸脱しているからです。
我々は今や無限とも言えるフィクションを鑑賞しているわけですが、実はそのほとんどは基本形態のバリエーションに過ぎない。
そんな物語を構成する上で、製作者が意識的にせよ無意識的にせよ従っている基本骨格を、あの死のエピソードは大胆に踏み破っている。
だから我々は不意を突かれて驚いた。

整理してみましょう。
観客があの時点で知っている情報は、これは魔法少女と魔女の話であり、
1)題名通りまどかという主人公がいる。
2)さやかという友達がいる。
3)ほむらという謎の女の子がいる
4)マミさんは良き先輩である
という事ですね。
この話が平凡な少女、鹿目まどかの成長ストーリーとするなら、マミさんの立ち位置は、まどかのメンターであって、スター・ウォーズでいうならルーク・スカイウォーカーにとってのヨーダ。
巨人の星なら星一徹。マイ・フェア・レディならヒギンズ教授です。
この立ち位置にある者と、主人公との関係は通常次の2パターンしかない。
1)ともに物語を歩み主人公はやがて導き手を乗り越える
2)物語が進むうち、理想の違いが明確になり対立。戦いの果てに破る
です。
どちらにせよ、発展的に解消される(弁証法的に止揚される、笑)ものなんですが、いきなりその関係が断ち切られたから驚いた。

我々は無数の物語を鑑賞する中で、いつの間にか「物語の基本骨格」と言うモノに慣れ親しんでいる。
いわゆるフラグが立つ、なんてのは、そういうことです。
バリエーションは違えど、既知の知識が先読みに役立つのは、抽象化した構成においてすでにそれが体験された物だからです。
それがこのアニメに限っては通用しなかった。

普通に物語の中を歩けているつもりだったら、次に踏み出した一歩には、支えてくれるはずの大地がなかった。
落とされた暗闇の中で、この話はまったく未知の、得体の知れない話になり、底の知れないその謎は、進行とともに深まる一方でした。

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Theme : 魔法少女まどか★マギカ
Genre : アニメ・コミック

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