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フィツカラルド@船を山に登らせることとiphoneは根源的に同じではないか

2013-08-28 | 22:09

パリと言われて思い浮かぶイメージもあれば、南米、と聞いて思い浮かべるイメージもあるだろう。
南米、アマゾン、ジャングル、すべてを覆い尽くす過剰な生命力の繁茂と混沌としたエネルギー。
一切の秩序をあざ笑うような、嵐のようなインプロビゼーションの世界。

この映画はそんな密林の奥地に、あろうことかオペラハウスを造ろうとする男の話。
オペラハウスを造るなら、何もよりによってアマゾンの奥地に造らんでもイイんではないか、とか。
どうせ造るならオペラハウスでなく発電所とか、病院とかが実用的で望ましいんじゃないか、なんて利口な判断は、主人公のフィツカラルドにはない。
彼はオペラが好きなんであって、それをアマゾンの奥地に造りたいのである。
自分の衝動以外、一切、利口な判断に斟酌しないのである。
当然、莫大な金が必要となり、富豪でないフィツカラルドが、それを稼ぎ出すのは至難の業なのだが、一直線にやり抜こうとするのである。
無理に無理を重ね、そしてついに船は山を登ることになるのである。
映画史上、この非常に有名なシーンは、見ればやっぱり感動せざる得ない。
この人間という生き物の持つ馬鹿げた情熱は、どこから来るのか?
そして何処へ行くのか?

話が飛ぶが、そこでふと考えるにiphoneである。
片手に収まるちっぽけな機械に込められた驚くべき技術、深淵ともいえる英知と、執念を超えるような情熱と創意工夫は何処から来たのか?
そして何処へ行くのか?
この驚異の道具が行き渡った世界で、なされていることのバカらしさは、人類として、なんと言い訳すれば良いのか?

監督はジャーマン・ニューシネマの鬼才ヴェルナー・ヘルツオーク、主演は「アギーレ 神の怒り」でも作品を支えたクラウス・キンスキー。
ドイツ人の青い狂気が、灼熱の南米にスパークした傑作。
巷間、狂気紛いを描きそこなった映画は多々あるが、これは本物の狂気を活写し得た数少ない逸品です。

ps
船が山を登るシーンではガルシア・マルケスの「百年の孤独」の一節を思い起した。
共通するこのイメージは、なんらかの文化的オブセッションがあるのだろうか?
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Theme : WOWOW/スカパーで観た映画の感想
Genre : 映画

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