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中国行きのスロウ・ボート 村上春樹@最初の短編集の出来栄えは?

2014-05-10 | 21:28

先日、また新しい短編集を出した春樹村上氏のこれは最初の短編集です。
時期としては1980年から82年に書かれていて、長編とのからみで言うと、「1973年のピンボール」の後に書かれた四篇と、「羊をめぐる冒険」の後に書かれた三篇で構成されている、と序文に書かれています。

今と共通する味わいを持った作品が並ぶのですが、最初の作品集故か中には、え、これで終わり?というしり切れ感があるモノもあり、短編なのに冗漫な感触のあるモノありなど、全体に「意あっても力足らず」とうか、うーーん、なんだかもっと巧く行かないのかな、という春樹村上氏の声が聴こえてくるような気がしてきて、手際というか小説技術については今ほどの手練れ感はありません。

ま、そりゃそうだよね。
30年以上も前の作品ですから。
しかし時に表出させられる村上春樹さんならではの、瑞々しい鮮やかな手ごたえは充分で、1冊の短編集としては非常に堪能出来ましたね。

特に「午後の最後の芝生」にそそぐ夏の光のきらめきは目を細めたくなるようだし、「土の中の彼女の小さな犬」に降り注ぐ雨の湿気は、肌にまといつくよう。
「貧乏な叔母さん話」に出て来る女の子の未来像の残酷さには、はっとしないわけにはいかない。

以下、ちょっと略するけど、詩情に満ちた素晴らしい暗喩をひとくさり
「そしてある日、山手線の車両の中でこの東京という街さえも突然にリアリティーを失いはじめる。
ここは僕の場所でもない。言葉はいつか消え去り、夢はいつか崩れ去れるだろう。あの永遠に続くように思えた退屈なアドレセンスが何処かで消え失せてしまったように。何かもが亡び、姿を消したあとに残るものは、おそらく重い沈黙と無限の闇だろう。
誤謬・・・、誤謬というのはあの中国人の女子大生が言ったように結局、逆説的な欲望であるのかもしれない。どこにも出口などないのだ。・・・略@中国行きのスロウ・ボートより」
こういう文章は未だ春樹村上氏以外書けないよね。
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Theme : 読書メモ
Genre : 学問・文化・芸術

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